2023/07/19 更新
  二塚駅は1899(明治32)年4月3日に中越鉄道の二塚駅として開業し1902(明治35)年5月15日に廃止となったが、1914(大正3)年
2月20日に中越鉄道の二塚停留場として復活した。1957(昭和32)年に砺波製紙(現: 中越パルプ)二塚工場が操業を開始し、同時に工場への専
用線ができた。ホームは相対式で線番表示は無く、駅舎側が城端方面、跨線橋を渡って反対側が高岡方面となっている。2015年9月30日に中越
パルプ工業二塚事業所への貨物輸送が廃止となり、JR貨物に駅業務を委託していた二塚駅は無人駅となった。駅前に高岡市立二塚公民館と高岡市農
協二塚地区センターがある。
 駅から約800mの所に、この地へ流刑後、殺された後醍醐天皇の皇子の墓がある。 富山県で唯一の宮内庁が管轄する御陵募となっている。名越
時有により恒性皇子が殺害された時、日野直通、勧修寺家重、近衛宗康の3人の侍臣も殺害された。その首をさらした場所は、「三ケ首」また、皇子
を火葬した場所は「皇子三昧」(みこざんまい)と言われている。三ケ首は高岡スポーツコア近くに、皇子三昧は林駅近くにあり石碑が立っている。
 新高岡駅側の下島踏切を渡った先に、登録有形文化財の澤田家住宅主屋がある、大正初期の建てられた木造平屋一部二階建て瓦葺きの洋風民家。建
物右側に銅板の半円ドーム屋根があり、ポーチの付いた玄関がある。ファザードの破風に見事な彫刻が施されている。内部は非公開。
 城端線に並行する県道40号線の二塚−林間に農家のような雑貨店「蜂の巣あうん」がある。雑貨販売のほか、コンサートや落語会も開催される。
 城端線は富山県で最も古い鉄道で中越鉄道として1897(明治30)年5月4日に高岡(黒田)−福野間が開業したが、林駅は駅間距離の長かった二
塚−戸出間に戦後の1956(昭和31)年11月19日に開業した。片面ホームで駅舎はなく、ホーム上に待合室がある。氷見線の越中国分と同様に
最初からの無人駅だった。
 城端線内では最も利用者が少ない駅で2019年の乗降者数は42人で、日中は乗客の姿を見ることはほとんど無い。所在地の高岡市東藤平蔵には
林という名字が非常に多く、高岡市で一番多い名字も林である。ホームから東側に中越パルプ二塚工場が見える。林駅と高岡市街地の間は水田が広が
っている。


二塚駅舎

停車中のキハ47-66+キハ47-1092高岡行き

駅前の高岡市立二塚公民館

JA高岡二塚地区センター

恒性皇子陵墓

恒性皇子陵墓解説石碑           拡大 1920 X 1080

登録有形文化財 澤田家住宅主屋

雑貨店「蜂の巣あうん」

蜂の巣あうん前から中越パルプ二塚工場

林駅ホームから高岡市街地

林駅ホーム

発車したキハ47-25+キハ40-2083高岡行き

宮内庁管轄の恒性皇子陵墓

恒性皇子陵墓のプレート 

中越パルプ二塚工場